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小平の片隅で 花小金井 社会保険労務士 updated 2023-11-18

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2023.10.21
いよいよ本当の最期 
 
 いよいよ最期の時を迎える。来年の冬、あるいは夏頃かと思っていた。もしくは、89歳まではなんとか、できれば90歳まではと。少し早まった。
この3か月、4回救急車で搬送され、そのうち2回入院。誤嚥性肺炎とコロナ。コロナは先週退院したばかりだった。
 そして一昨日の夜、発熱。またしても誤嚥性肺炎。繰り返すとは聞いていたが、コロナから回復したとはいえ、肺に対するダメージは大きかったようだ。酸素吸入器を取り入れ、今日はそれまでの5リットルタイプから7リットルタイプに入れ替えた。だが、思ったよりも酸素濃度は上がらない。
 
 採血の結果、かなり数値が悪く、場合によっては一週間持たないとのこと。入院を決めるのなら、今日が最後のタイミングだという。週明けの判断では、おそらくは受入れが難しいという。訪問診療のクリニックの提携先の病院側の都合もあるのだろう。あるいは、最期の面倒だけ病院でと言われても、それは困るといった病院の事情もあるようだ。
 
 覚悟はしていた。けど、いざ、その瞬間が来ると、やはり逡巡してしまう。訪問診療のクリニックからは、何度も「どうしますか」と電話がかかってくる。何度も確認した。現在、食事が摂れない状態。入院したからといって、食事の摂取が可能になるわけではない。点滴は打つことになるだろうが、栄養補給にはならない。入院したとしても、そのまま最期を迎える可能性が高いとのこと。
 
 ならば、やはり在宅での看取りを選択した。病院でひとりで逝くのは寂しいだろう。自分の家で、誰かに見守られながら逝くのがいいだろうと。自宅で最期を迎えるか、病院で最期を迎えるか。それも大事なことだが、最期の瞬間、誰が側にいてくれるか、それもまた大事なことだとの話がある。
 
 また、僕自身、責任を負おうと思う。負わなければいけないだろうと。さっき、話しかけてきた。介護を始めて3年、色々あったなぁと。返事はないが、言葉は届いている様子だ。本当に色々あった。そして、いよいよ本当の最期だ。
 
 
2023.10.22 未明
母、逝去。
 
なんだか笑ってるねぇ。気のせい?
今、僕は初めてほっとすることができたような気がする。2023.10.23 午前3時。
 
 
2023.10.25 23時52分
 
入院し、翌朝、空のベッドを目にした際の違和感。ある種の寂しさだったりする。葬儀を終え、やはりいやしない。ただ、骨壺と遺影が置かれている。存在として、確かに何か残っている。この違和感も、また別の寂しさを伴う。
 
人は死ぬんだなと思った。
 
葬儀を終えて。
 
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 冷たくなっていたことに気づいてから、自宅での葬儀まで4日間。この4日間の出来事こそ、最も大事な時間だったのではないかと思う。
僕は何を思い、何を考えたのか。既に忘れかけているのがもったいない。時間をかけて、思い出そうと思う。僕はこの遺体と一緒に過ごした4日間のためにこそ、介護を担ってきたと言ってもいいような気もする。
 
 棺が届く前日の夜、棺の中に何を入れるか、箪笥や棚の引き出しの中、あれがあったはずだと、いろいろ探していた。安物ではあるが、僕が買ってあげた冬用の2枚のセーターをまだ介護ベッドの上で寝ていた親に、
「これ、そろそろ寒くなるから、着て逝ってくれ」
と、羽織ってあげた。その時、僕はこの4日間を通してただ一度だけ涙を流した。
 
 翌日、遺体を棺へ移す。儀式的なことはしなかったが、納棺。庭先の花を摘み、花瓶に差し棺の周囲に置く。手作り感があって、僕はこの状況が気に入っていた。文化祭の準備をしているような感覚。
 
 3日目、供花が届き、葬儀屋さんによる設営。にぎやかな棺まわりにこそなったが、逆に手作り感がなくなり、少し残念な気もした。葬儀屋の式場でならばともかく、何基もの供花が置かれた風景は、自宅の狭い室内にはそぐわないのではないかと。
庭の花で埋められれば良かったのだが、今の時期、残念ながらほとんど目立つような花が咲いていない。それでも、ピラカンサス、ススキ、うどの実、赤くなる前、まだ緑色の万両か千両の実、昔、親に教えてもらったが忘れてしまった赤い小さな花(おそらくオシロイバナ)、野草の白い花をなんとか集めた。
 
 夜中、僕は何度も声をかけていた。
「ばあちゃん、明日はいい天気らしいぜ。よかったな」
「ばあちゃん、自分か作った句集、忘れずに持っていきや。向こうで、これ、自分が作ったって、話してやりな」
「ばあちゃん、おむつは恥ずかしいから、下着も入れとくしな」
「ばあちゃん、夏服も入れといたぜ」
「ばあちゃん、やっぱり寂しいな。やっぱり寂しいよ」
「ばあちゃん、何か言ってくれよ。何か言ってくれると、嬉しいんだけどな」
 
 息を引き取る前の晩、僕も寝る直前、僕はこう話しかけていた。
「ばあちゃん、人生、いろいろあったよな」
「そりゃぁ、そうだよな、八十八年も生きたんだもんな」
「もうちょっとで八十九だぜ。頑張ろうよ。できたら九十までな」
声は届いていたが、返事はない。もっと話しかけていればよかったと思うが、熱が下がらず、酸素濃度も上がらない状況だったからこそ、話しかけられた内容だったとも思う。
 
 設営を終えた3日目の夕方と翌日の葬儀当日、近所の人もいっぱい集まってくれた。みんな、幸せだったね、最期まで子供に面倒を見てもらえて羨ましいって言ってくれた。最初、息を引き取ったと伝えに言った時、泣いてくれた人もいた。
斎場から帰って、夕方、近所の人にも3人ほど声をかけて自宅に来てもらって家で食事をした。
「ばあちゃん、いい会食だったな」
「この4日間、特に自宅での様子、ばあちゃんにも見てもらいたかったよ」
 
 俺、明日から仕事に戻れるかなぁ。もちろん、戻らないといけないんだけど、戻りたくない自分もいる。もう少し、この4日間の余韻を味わっていたい。現にこうして今も、眠いけど寝たくはない。そのため、だらだらとこの文章を書いている。昔の人が、もっと葬儀に時間をかけていたのは、そんな思いもあったのかもしれないと思う。いい4日間だったということなのだろう。恥ずかしいけど、こうも言っておこう。
「ばあちゃん、ありがとう」
 
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澁谷直道

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あるとき、障害を持った子供が駅の階段を懸命にのぼっていたんだ。
僕もまた、負けたくなくて。